「私は自然界に対する感謝の
気持ちを形にしようとしてきました。
そうすることで、私たち人間は
環境に配慮すべき存在なのだと
いうことを人々に感じてもらえる
と思ったのです。」
ー ダン・ギブソン ー
ネイチャーサウンドレーベル「Solitudes」創設者ダン・ギブソンは、音楽や映画で自然への感謝を促した。
「花も美しい
月も美しい
それをおもう心が美しい。」
ー 前田 昌道 ー
大徳寺瑞峯院住職 前田昌道和尚は仏法になぞらえ自然への感謝を促す。
私の考え方も少しずつではあるが変化している。
「自然素材を使った庭つくり」がイコール「環境に優しい」というのは間違いになりつつある。
例えば石材の採掘現場。石を取るために山を切り開き地下100メートル近く掘り込んでいる場所もある。方形やキューブ型の石材は特に。。景石に使うような石が使えるのかもしれない。東南アジア産の人気ハードウッド材は生産を国がフォローしないため森林破壊を産んでいる。「自然をちょっと拝借する」程度の話ではなくなってしまっているのだ。
またひとつ分かったこともある。「地球上の二酸化炭素量が増えている」がイコール「環境問題」にはならないようだ。植物は現状の大気中の二酸化炭素の割合よりも多い方がむしろ成長には適しているという。問題なのは地球唯一の「生産者」である植物の量が人間によって減ってしまっていることなのだ。つまり広大な面積を使って太陽光発電所を創るよりも、木を植えることが望ましいということ。。。
今の私にはまだこれらに対する結果や対策はわからない。悔しいながら。とりあえずは生産可能な植物たちに力を借りて仕事をすることくらいでしょうか。ただ、重要文化財の大徳寺境内の檜の床材は数百年経って腐食の影もない。数百年間、毎日修行僧たちが必死で磨き続けた無名の芸術作品である。ここら辺にこれからの庭つくりの在り方のヒントがありそうだ。
奈良の三輪山には太古の神道が根付いていた。山頂付近、紙垂(しで)の縄に囲まれた磐座(いわくら)に何か歓迎の空気が漂ったが、それはとても厳しいものだった。
とりいそぎ気持ちの整理もつけず
言葉の羅列、失礼。